本読みと山歩き

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zoom RSS 前穂高 東壁が舞台「氷壁」(井上靖)

<<   作成日時 : 2007/01/07 18:11   >>

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井上靖さんの昭和32年(私が生まれる前!)の作品です。
北アルプスを舞台としていますが、今日(7日)猛烈な低気圧がもたらす吹雪を横目に読んだので、よけいに臨場感がありました。
前穂高の東壁Aフェースに挑んでいる新鋭の登山家 小坂と魚津を結ぶザイルが切れ、小坂が滑落死します。
「なぜザイルが切れたか?」を核とした物語です。
切れるはずのないナイロンザイル、誰かが切ったか、技術的な扱いミスか?
山男の友情、男女の恋愛、壮大な北アルプスの大自然と都会の雑踏の対比を見事に描きながら、クライマックスも魚津が死の単独行動を起こす穂高で完結します。

登場人物も多彩ですが、私は上司である常盤常務が好きです
いつも給料を前借し、突然休みを取る魚津を苦々しく思いつつ、勇気を持って山に挑む彼を応援していた新東亜商事の常盤常務です。
訃報を聞いた時、「登山はスポーツだというが、本質はそうではない。毎年のように大勢の生命が失われる。スポーツと考えるから起こる悲劇である。あらゆるスポーツにはルールがある。アマチュアと往路の区別がある。登山意はないではないか。プロとは魚津のような登山家のことだ。そのプロでさえ死んだではないか。」と咆哮しながら、話す上司だ。
このあたりは相当なかせてくれます
 「彼は会社から給料をもらっていたくせに、よい会社員ではなく、まだ登山家だった。山を愛し、山を楽しむためにいったのではない。山を征服しに、あるいは人間の持つなにかを験すために1人の登山家として山へ行ったのだ。」とも言っている。
登山家の評価が確立しているヨーロッパなら別だが、確かにプロとしての登山家は日本では、この平成の時代でも難しいだろう。
私は所詮、“山を楽しむ”為に山歩きをしていますが、きっと“登山家”の方々には、由々しき問題でしょう。
(本多勝一さんが「新版 山を考える」の中で“パイオニアワークとしての登山は終わった”つまり、日本には未踏の山はなく、パイオニア精神に則った登山(バリエーションルートは違うらしい!?)はもう終わったという旨の著書もありますが・・・。)

小説としてのおもしろさは言うまでもありまんが、登場人物の深層心理とともに上高地、徳沢、涸沢、前穂の様子やコースを仔細に解説(表現)してくれるこの本は北アルプスへのあこがれ(私の中ではパイオニアワーク!)を増幅させてくれます

氷壁
氷壁 (新潮文庫)

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